「君と眠る天使」
Written by.綾瀬 2005年04月18日(月)10:03


 昨日我が家に迷い込んできた一匹の手負いの鳥が、翌朝まで持たなかった。それだけのことだ。
 羽根を傷つけたらしいその幼い鳥には、巣に戻る力がもはや無かったのだろう。たどたどしい羽ばたきでこの家の窓にたどり着くと、それきり動く事を諦めてしまった様だった。俺たちは、明日になったら医者に見せてやろうと約束し、探しだした空箱の中にあるたけのタオルを詰めて簡易ベッドを作って、その中に鳥を寝かせたのだ。それなのに朝目覚めた時その鳥は、最後に残った僅かな力を使いきるかのように、俺たちの布団の上まで移動し、そこで冷たくなっていた。箱に詰められたタオルには、ちょうど一匹分の鳥を形どった窪みだけが残っていた。
 布団の裾に横たわるその一羽の鳥を抱きあげると、八戒は
「お墓を作ってあげませんか」
と、そう言った。できるだけ見晴らしのいい、高い所の方がこの鳥も喜ぶはずだと、そう穏やかに告げる八戒の言葉を聞いて俺は、黙って頷いて、この海の見える高台まで連れて来たのだ。
「ここが一番見晴しがいいです」
 数歩歩いた先は切り立った崖になっているその場所からは、八戒の言葉通り、海が一望できた。八戒はその場所に穴を掘り、鳥を埋め、土を盛り、そしてその上に木切れで作った小さな十字架を立てた。墓だ。
 俺はその一部始終をずっと眺めていた。八戒がとても熱心に墓を作るので、見ていることしか出来なかったのだ。その何の変哲も無いはずの一匹の鳥が、彼の心のどこを捉えてしまったのかは知らないが、とにかく八戒は、とても熱心に墓を作っていた。
 いつだったか八戒が語った言葉を俺は思い出す。
「若くして死んだ人のたった二つの強みは、たくさんの友に送ってもらえることと、思い出してもらえる時間が長いことです」
 どういう会話の流れで出て来た言葉だったか、もう覚えていない。しかし、そう言った八戒の頭の中に、花喃という名前の彼の双子の姉の姿が浮かんでいることだけは間違いがなかった。これまで生きて来た時間よりきっと長いであろうこれから生きて行く時間の中で、八戒は何度となく、彼女のことを思い出すのだろう。そしてこれからは、彼女と共にこの一匹の鳥のことも、幾度も思い出すことになるのだろうか。
「今日はこんな所まで付き合ってもらっちゃって、すいませんでした」
 もう帰りましょうかと小さくつぶやいて、長いこと小さな十字の前に座り込んでいた八戒が、静かに立ち上がった。俺はその八戒の後ろ姿を、ただずっと眺めていた。帰ろうと言ったのに海に向けた目線を外さないままの八戒の頭の中には、今もまた、もう亡くしてしまった愛しい命の姿が浮かんでいるのだろう。今埋めたばかりの小さな鳥と共に、時とともにいっそ鮮明に浮かぶのだろう彼女の姿を、何度も何度も空に遊ばせているのだろう。
「せっかく翼を持って生まれて来たんだから、できるだけ高い場所を見せてあげたかったんですよ」
 海を見つめたままの八戒はそう言ったが、俺にとってこの場所のこの高さは、ある種の戒めだと、そう思っていた。
 今すぐにでもこの崖から身を投げ出してしまわない為の。あの頭の中に永遠に自分を閉じ込めたい衝動に打ち勝つ為の。



・ 書きビトコメント ・

 私の同級生に、海の事故で命を落とした子がいます。「若くして〜」というのは、彼女の葬儀に出た時から、私が感じていることだったりします。彼女のことは何度も思い出します。せめてものそれが、メリットだと思えなくはないでしょうか?
 …ちなみにこの文章のお題は「蒼い羽根と十字架の壁紙を使うこと by.部長」でした。変なお題です。その割にはキーワードをストレートに使った話にはなってますが、それにしても相変わらずこの人の思い付く文章ったら暗……

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