「勝負師にはなれない」
Written by.綾瀬 2004年03月01日(月)02:18


「おりゃこれで勝ち、っと!」
 くわえ煙草の悟浄が、持っていたトランプを机に投げ出した。
 赤い色ばかりで揃えられたカードを見て悟空も「やっぱ悟浄つえー」と目を輝かせる。
「ま、そーゆーことだから、八戒が最下位で決定な」
「買い物当番も八戒にけってーい!」
 残念でしたー、これが実力ってやつでしょ!と、兄弟のようにじゃれあってはしゃぐ悟浄と悟空を見て、八戒は苦い笑みをこぼした。
 そもそもつい先ほどまでは自分が一人勝ちだったはずで、こんなんで終われるかとムキになった悟浄の泣きのひと勝負で、やっと状況が逆転したところなのだ。だいたい、こんなことで当番を決めた所で、普段から八戒が買い物に出ることが一番多いのだから罰にすらなっていない。だから八戒は苦笑するしかない。
「うるせーな、何事も勝負には“勝つ”ことが大事なの。それが男の生きる道なの」
 じゃあ負けてのこのこ買い物に出ようとする自分は男じゃないんですかね、という言葉をを飲み込んで八戒は、
「じゃあ1時間くらい留守にしますね。三蔵帰ってきたら伝えといて下さい」
と宿の扉を後ろ手に閉めた。

 買い物はあっという間に終わる。まず町をざっと歩いて買い物の目星をつけ、その日の旬の素材と相場を見極め、その上でどこで何を買ったら効率が良いかを考えつつ店を回るのが秘訣だ。特に今日は荷物持ちの手がないから、その辺も考えてルートを決める必要がある。そんなことを考えるのが正直面白く、買い物は八戒にとって楽しい時間の一つでしかない。
 お子さまな悟空はもとより、負けず嫌いな三蔵や、勝ち負けにこだわる悟浄も、とにかくこの面子での勝負事は終わりのない事になるのがしばしばだ。悟空が飽きるか、三蔵が眠くなるか、悟浄が勝手に一抜けするまで勝負は続く。勝とうが負けようがテンションの変わらないのは八戒だけで、だからといって決して負けることが好きな訳ではなく、むしろ人並みか人並み以上には負けず嫌いであるはずなのだけれど、それでも何故か、この四人の中で負ける事を厭わないのは八戒だけだった。
「何故…なんでしょうねえ」
 宣言どおりにちょうど一時間ほどで宿の入り口まで戻ってきた所で、先ほどの勝負をふと思い浮かべると、八戒はいつの間にかそう呟いていた。
「あ、帰ってきたぜ!」
「おう、こっちこっち、上見ろよはっかーーい!!」
 瞬間、頭の上から声が降ってきた。
「この宿、こんなとこ出れんの、知ってたー?」
「なんだよっ発見したのは俺だろー」
「うっせーなサル、高い所はお子さまには危険だから、ソコで大人しくしてなさい」
 聞こえてくるのは悟空と悟浄のいつもの言い争い。
「おーい、こっちだって。上見ろよ、上、八戒ーっ」
 頭上からふりそそぐ悟浄の声に思わず立ち止まっていた八戒は、意を決して目を上げる。するとそこに、悟浄がいた。
「なかなかいい眺めだぜィ」
 太陽を背に、窓から大きく身を乗り出した悟浄が手を振っている。
 太陽の光をあびると、悟浄の赤い髪はきらきらと輝きを増す。八戒はその煌めく赤い髪が好きだった。きらきらと輝いて、揺らめいて、その赤の光を持つ男が自分の名を呼んでいる。
「おーら八戒ー、早く部屋あがってこいって、お前にも見せちゃる」
 ふりそそぐその声までが、なぜかとても煌めいて感じて。その呼ぶ名が自分のものであることが何よりも幸せで。
 まったく、何度惚れさせれば気が済むんですか、貴方は。
 この男には勝てないと、何度でも思う。こんな何でもないことでもその思いを再確認させられてしまう自分に気付いて、八戒はやっと勝負師になれない理由を自覚する。

 そうか。自分はこんなにも負けることに慣れている。



・ 書きビトコメント ・

 また急激にネタを拾いました。先日夜遅くに家に帰る途中、道ばたのマンションの上の方からいきなり声が降ってきてビックリしたことがきっかけになってます。…全く何でもかんでも拾うんじゃありません自分;(夜遅かったから恐かったんだよ。だから悔しいからネタにしたかったんだよ)
 しかし、それがどうしてこういう話に転化するのかは自分でも割と謎です。

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