「自立するハートのかたち」
Written by.綾瀬 2005年02月14日(月)23:20
「お兄ちゃん男前だからオマケだよっ。ほーら」 その言葉と共に、悟空の手のひらに小さなハート型の包みが落ちてきた。 今日の買い出し担当は八戒と悟空。おねだり攻撃に八戒が折れて、「内緒ですよ」と屋台の饅頭を買い食いしようとした時の出来事だった。ちいさなその包みはチョコレートで、屋台のおばさん曰く「バレンタインだからね、いい男さんにはおばさんからの気持ちだよ」 勢いに押され受け取ったははいいが、歩きながらも悟空は、手のひらの上の小さなハート型を見て不思議そうな顔だ。 「なあ、バレンタインって、なんだ?」 「西洋の習慣らしいですよ。年に一度、チョコレートを渡して好きな人に告白していい日なんだそうです」 へぇー、と分かったのだかどうだか怪しげな声を出して悟空は、食べかけの饅頭の残りをぽいと口に放り込み、空いた片手でそのハート型のチョコを天にかざし見た。 「バレンタイン、かあー」 くるりとハートを回転させる。 「それでさっきから店にいっぱいチョコならんでたんだなー。すっげーかわいーの、みんな、ピンクで、ハート型でさ」 そう言って、持っていた二つのチョコのうち一つの包みを解くと、ぱくりと一口で平らげた。 「うん、なかなかうめーよ」 にっこりと笑う。 「でも、八戒の料理には負けるよなあー…そうだっ!」 二、三歩前へ出てくるっと体を回転させ、後ろ歩きになりながら目を輝かせる。 「八戒もチョコ作れるっ?作ってくれよっ、ハート型の奴っ!」 キラキラと輝く目で見上げられながら、一方八戒は少しばかり眉を潜めていた。 「チョコレート…ですか。あれは結構面倒なんです、テンパリングには温度計が必須だし…それにですね」 「ダメ?」 悟空がますます上目使い。 「ダメ…じゃないですけど、僕ハート型って好きじゃないんですよね」 「えーなんで?かわいいじゃん」 八戒はすうっと一息いれてから話し始める。 「うーん…?」 「それに、鋭角的であるが為に、ハート型は自立しないんです。まっすぐに立てようとしても、バランスを取れずに倒れてしまう。それが何だか好きになれなくて…良い所は、左右対象なところぐらいですかねぇ」 八戒が語る間、大人しく歩調をあわせるようにゆっくり並んで歩いていた悟空は、既に丸められてしまっていた先ほどの包み紙を左手に、まだ食べていない方のハート型を右手に、その指先を比べるように交互に眺めた。 「んー」 そのまま少しばかり何かを考えるようなしぐさをしていたが、次の瞬間、いきなり包み紙をぽーんと空高く投げ上げると、スキップのような軽やかな足取りでそれをキャッチした。 「おっけ!チョコは我慢する!」 「せっかくリクエストしてもらったのに、ごめんなさいね。悟空」 「ううん、いいんだって。チョコなら買えばいいし、ハートじゃないやつなら一年中売ってるじゃん。それにさ」 エヘヘと照れるように笑って、悟空は 「八戒がそうやってきちんと好き嫌い言ってくれるの、何か嬉しいからさっ」 と言うと、八戒の荷物を持っていなかった方の手を体の前に出させ 「こっちは八戒の分な」 と、残っていた方のハート型をぽとりと落とした。 せっかくのリクエストを否定してしまったからしょげるかと思いきや、彼はちゃんと、自分で考えて、自分で結論を出す。自分で前に進む。自分で地に立っている。だから嫌いになれない。このハートの形だけは嫌いになれない。 八戒は自分の掌を眺めたままそんなことを考えてしまう。 「食べねーの? …あっ、やっぱハートはや?」 そう言われて肩の力が抜けるように、くすっと笑い、八戒は安心させるよう笑顔を作って言う。 「そんなことはありませんよ。でも。これは悟空が食べてください」 「え、いーの?」 「はい。サービスです。なんたって、バレンタインですからね」 それに。僕はこんな小さなハートだけじゃなくて。 心臓だけじゃない。君が全部欲しいから。 ・ 書きビトコメント ・ なんで89? そして時間もギリギリだ; バレンタインネタでした。なんで89…?(自分でも分からないんですって。ネタはいきなり降って来るのですもの) しかももう一点白状すると、上の絵、日付見ていただくと2004てなってますよね、そうなんです。実は去年書いていて、なんだか上手くまとまらず、一年漬け置きしちゃってたものなのでした。せっかくバレンタイン当日なので、なんとか完成させてはみましたが、はて、いかがなものでしょうか。なんで89……<まだ言ってる |