「TDS その時」
Written by.彼方 2003年12月23日(火)05:41


「なぁあ、なぁあ」

「………」

「なぁってばぁ!」

三蔵は動じる事なく新聞を読み続けながら、軽い舌打ちをした。
悟空にではない。
取ろうとしたマグカップの目測を誤ったからだ。

「なぁあ、三蔵〜」
「……なんだ」
「ずりぃよ、八戒たちだけ遊びに行ってさ」
何度聞いたか数える気もないが、二人が出掛けてから行き先を知った子猿はえらく機嫌が悪かった。
「…わざわざ金出して人混みに行きたいのか?くだらん」
「そうじゃねぇけどさぁ…」

そう。八戒と悟浄が出掛けたのは羨ましいが仕方ない。
もし昨日の時点で知ってたとしても、さすがにそれについて行くつもりもない。
三蔵とふたりであることも問題があるわけはない。
だが、新聞から顔をあげないのだ。
少し離れた場所からなんともいえない顔で悟空は見ていた。
喜怒哀楽が豊かなこの少年でも扱いに困る感情がある。
普段の悟空からは想像もできない。

「…なぁ、三蔵?」
なんとはなしに呼んでみた。
「…なんだ…?…」
新聞からは顔を上げる気配はない。
自分にとって呼ぶ名前と、かえってくる返事がある。
そんな些細な事が当たり前になっている日常。

一つ満たされれば別の欲が出てくる。


「…あ、れ…?…」

悟空は首を傾げた。
なんで三蔵がそっちにすわってるんだろう?
いつもあの椅子で、一人で座ってるじゃん。
そこって八戒と悟浄がいつも座ってるとこだろ・・・。

悟空は急に理解した。
さっきまで感じていた憂鬱はどこ吹く風。
三蔵の横に勢いよく座る。

「…気付くのがおせぇんだよ」

口の端だけで笑う三蔵を見上げる悟空にも自然と笑みが漏れる。

「へへへっ」
「で、どっか行きたいんだったか?」
「そんな事言ってねぇよ」
「そうか?なら、少しは静かにしろ」
「だって三蔵ってば・・・」

いつもは一人掛けのソファに座っている三蔵。
今日は広いソファにいる。
そんな優しさに気づいたからには力いっぱい伝えたいのだが、上手く伝えられない。
もどかしそうな悟空に口付けをする。
「…ん…」
はじめこそ驚いたものの、次第に悟空の体から力が抜ける。
「さ・・・ぞう・・」
口付けから開放された悟空はそのまま三蔵の胸に身体を預けた。
どうやら安心したらしい。
胸の中の悟空の髪をもて遊んでみる。
この髪はいつも太陽の匂いがする。
悟空と会うまでは知らなかった匂い
知らなかった想い。

髪をいじられるのが気持ちいいのか、当の悟空は瞳を閉じ身を任せている。
それに気付き、三蔵は悟空を起こさないよう腕を肩に回し楽にしてやる。

「…悪くない…な…」

悟空の無条件な寝顔をみながら呟いた。
どうせあいつらが帰ってくるのは明日だろう。
なら急がなくとも良い。
さて起きたら何するかな。
触り心地の良い悟空の髪をいじりながら、一人ほくそ笑む。


4人ならまず訪れない静かな時間。


ふたりだけの時間…



・ 書きビトコメント ・

 綾瀬の「早退ごめんね小説」を読んで、「39は〜?」状態になったので自分で書いてみたら今やこんなになっちゃいましたね。
 久々に書きました、小説。
 何年ぶりでしょう。リハビリしなきゃな。

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