「天高し。秋深く。」
Written by.綾瀬 2005年09月26日(月)21:33
まさにそれ日和といった秋晴れの下、洗濯機のフタを開けるとそこには先客がいた。 何者だろうかと、ガサガサと音をたてて白いビニール袋をほどくと、中からは鮮やかに色づいた柿の実が顔を出した。なんだこの柿は。これも洗濯をしろということか? まさか。僕が食事を作る間、洗濯をお願いしますね、と八戒にニッコリと渡された洗濯かごを脇に抱えたまま、俺はしばし柿とにらめっこをした。 このままではらちがあかない、柿の実には一度退座ねがうことにする。代わりにカゴの中の洗濯物を放り込み、水道をひねり、洗剤をいれ、「標準コース」のボタンを押す。そして、今度は空いた洗濯かごにビニールごと柿の実を入れると、本来の使い方を取り戻した洗濯機が仕上がりのメロディーを鳴らすまで、俺は一度家の中に戻ることにした。 「これ、何?」 フライパンの前に立つ八戒の横まで行って、かごの中味を覗かせる。 「何ですかそれ?」 さい箸を動かしたままちらりとビニールを目の端でとらえ、八戒はそう答える。 「や、中味は柿なんだけど」 「じゃあ柿です」 「そうじゃなくて。この柿は何者なのかなって事よ。洗濯機の中にいらっしゃったんだけど」 そこでやっと、合点がいったというように八戒の表情が緩んだ。 「洗濯機の中にいたんですか」 「そ」 「じゃあアレです。隣のおばさんにお礼しないといけませんね」 「え、なんで?おばさん?」 「たまにね、こうやっておすそ分けが来るんですよ。僕たちが留守の時には、決まってそこに入れていってくれるんです」 たしか実家の方で栽培してるとか言ってましたっけ…などと八戒は目線も動かさぬままに続ける。知らなかった、全然。洗濯機が簡易宅配BOXにもなるなんて。 コイツと暮らし始めてから、こういうことが何度もあった。そんな使い方が有るなんて知らなかったし、思いつかなかった。毎日が小さな発見に満ちている、なんていう教科書的な事を言う気はないが、人生で少なからず触れ合ってきた(と思う)どんな女と過ごしていても、こんな発見をしたことはない。他人と、家族じゃない人と暮らすってのは、こういうことなのか。目の前のモノの、ニンゲンの、八戒の、次々新しい面が見えてくる。自分も果たしてそうなのだろうか。自分の、新しい使い方が、日々アイツに発見されているのだろうか。 「なにぼッとしてんですか」 少しばかり遠くに行ってしまった意識をさえぎり、八戒が話しかけた。今まで肘を付くことにしか使われて居なかった机の上に目玉焼きの皿が乗せられ、それはみるみるうちに食卓になった。八戒が冷めないうちにと促す。食事の時間だ。 「さっきの柿」 「あ、カゴに入れっぱ」 「デザートに剥きましょうかね」 「んー」 鮮やかな柿の実の朱を思い出して俺は言う。 「少し飾っとかね?」 柿ですら、食用と鑑賞用に。 ・ 書きビトコメント ・ BBSに書かれていた、部長のこの書き込みからの発展です。 > [121] 秋。 投稿者:部長 投稿日:2004/12/02(Thu) 12:32 > 家賃払いにいったら大家さんが柿をくれた。 > 外付けの洗濯機の中に入れておいてくれた。 > 嗚呼、そんな秋。 私ってこんなんばっか(苦笑) 秋というには時期的に遅すぎだったので、1年たって今更のお披露目。 |