「残像」
Written by.部長 2004年03月12日(金)08:57


 遠く長方形に切り取られた風景がある。
今は荘厳な光が幾重にも斜め上から線を走らせていた。
光線がまばゆすぎて向こうの景色が見えない。たぶん慶雲院で一番奥まった棟で、菩提樹が茂っていて。
つい数日前のことだったような、ずっと昔の記憶かも…覚えていない。
もう、どうでもいい事柄。
ここは置き去りにされてしまった場所らしい。
遠く光を臨みながら、音も無く温度も無く風も無い。何も微動だにしない。

切り取られ額にいれられた絵だ。誰がそんな粋狂な絵を所望するのだろうか。
神様の気まぐれだとしても、慰み物にもならない。
やはり、ご多望にもれず「罰」の一種なのでしょうか。

 外の神々しさは、天使でも降臨しそうな勢いだ。
天使は重力なんて関係ないでしょうから軽やかに舞い降りて。羽根は鳥を模していて。僕一人運べるくらいには頑丈だといいのに。

 僕のなけなしの意識は、火にいる羽虫のごとく光りに吸い寄せられる。
光が充満している風景に降り立ち、それから天使は僕に手を指し伸べる…こともなく、ただ捕らえた瞳は憐れんでいる…同情、憐憫、慈愛 そんなもの今更頂いたって毒にも薬にもなりませんよ。想像の中だというのに。夢さえ見られない。
 現と夢の境界が無い薄っぺらな絵の中で、益体も無いことをぼんやり思う。

 沈殿していく意識をかき回す足音が響き渡り、降り注ぐ光を掻い潜り何かが駆け込んでくる。
天の使いにしては、騒々しいですね。
「悟能っ!悟能っ!悟能っ!」
そんなに叫ばなくったって聞えてます。ここにいるのは僕一人だけなんですから。人違いも見間違いもありえませんよ。
熱を宿した物体は、風をつれて目の前で止まった。
「ああ、悟空でしたか。どうしたんですか?そんなに慌てて」
金の瞳をくるくる回した小さな獣は、後ろ手に隠し持っていた白いまんじゅうを差し出す。
「仏像の前にさ、落ちてたんだ。」
それは供てあったんです。悟空。
目に非難の色を見つけた悟空は慌てて言い訳を繰り出す。
「たくさんあったんだゼ。…持ってきたの、二個だけだからさっ!…いいだろ?」
いいだろって、貴方そんな罪の意識の微塵もない目で見つめられたら。
「お供え物のこともですが、ここに来てはだめでしょう、また三蔵さんに怒られますよ。」

「怒られんのやだけど…いいや。」
「どういうことですか?」
「俺、悟能がびっくりしなくなるまでここ来るから。」
「は?」
「毎日来てんのに、なんでびっくりするんだ?」
質問を質問でかえされても。そういえば来てましたねえ、わざわざこんな寺内でも誰も寄り付かないところへ、何が楽しいのやら。
「俺来んの、嫌か?わくわくとかしない?
  ……
俺はさ、うれしかったから。来てくれるのが、すごく楽しみだったんだ。だから。」
一瞬曇った金に何が映ったというのか。
「だからさ。俺、毎日来るから必ずくるからゼッテーくるから、 待っててよ。」
柵を両の手で鷲掴み、まるで二人を隔てる鉄格子など無いかのように、顔を押し付けんばかりに身を乗り出す。
息さえもかかる距離なのに、僕はただ生きて煌く金を覗き込むばかりだ。
「またびっくりしてる。すんなっていっただろ?」
「…悟空。」
そんなことを認めたら、僕は一体なにを足掻いていたのか解らなくなるじゃありませんか。
このまま置き捨てられる日々を顧みないよう消し去っていたことが。一日が終わるたびにリセットをしていた意味が。思い出にも出来ない過去とセットで、永遠に慣れない日々で甘んじようと覚悟していたのに。
 貴方に、かこつけて想像も出来ない夢なんか見ちゃいますよ、身の程知らずも甚だしい希望をね。
「じゃあ、待ってますから、ここから出してください。」
僕の見当違いな要求に、賑やかな使いは満面の笑みを投げ返す。
「うん、わかった。三蔵に言ってやる。
 あ、少しだって笑ってるほうがいいぞ。ほらにぃ〜って。」
鉄格子の間から無遠慮に伸ばされた腕は、頬を摘み引っ張る。
「あはは、やだなあ。強制ですかこれは。」
「けへへ。」
もう一度あの髪の紅いひとに会えたりしますか、もう一度黄金の元に集うことが出来ますか、花喃は許してくれますか、ねえ悟空。
 光の向こうから飛び込んでくる羽根を持たない使者は、5割の希望と5割の絶望を突きつけ無邪気に笑う。だから、いっしょに笑ってみる。明日へと続く何かがあるなら、どんなことでも笑い飛ばせるように、ちょっとした練習として。



・ 書きビトコメント ・

 ●けへへってあなた…
 ●説明しないとわからんもの書くな。三仏神とこに連行の後、慶雲殿で判決待ちの放置プレイ中っつうことで。
 ●サイテーだ。俺のお題は98ぢゃねえっ!しかも暗い。ぎゃ〜!ひとつくらいクリアして〜!

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