お題/39 「永遠を少しだけ」
Written by.綾瀬 2004年03月17日(水)04:29


「だあからお前の説明はちっとも分かんねっつの」
 定食屋で地図を広げて。相も変わらぬ騒々しさを後目に、三蔵は食後の茶をすすっていた。
「なんだよちゃんと説明してるじゃんか! だからぁ、右の奥の方にでっかい緑のなんかが立ってて」
「なんかって何だよ」
「その前の道にすげー美味そうな匂いのする屋台があって」
「屋台は常に同じ場所にあるとは限らねーぞ」
「そこが四ツ辻になっててそこから走ったらすぐだったんだから」
「走る速度でお前基準にすんなよ」
「ぜってー近くにあるんだって!」
 バンとテーブルを大げさにたたいて、悟空は自信ありげにそう言い放った。しかし悟浄は応じない。
「だから全く分かんねっつってるだろーが。その道りの名前を答えろって言ってんの、地図上でどこに当たるか指差せって言ってんの。お前のそんな説明じゃ、一から百までまったく全っ然伝わってこねーんだよ」
「なんで伝わんないんだよー!」
「伝わる訳ねーだろ!!」
 激昂する二人をまあまあと八戒がいなし、
「とにかく、いくら大きな街とはいえ、この街のどこかにあることは確かじゃないですか。みんなで探せばすぐですよ。ね、悟浄」
と肩に手を置いて静かに席に座らせた。
 実はつい先ほどまで悟空は、たっぷり一日かけて迷子になっていたのだ。
 しばらくぶりに人の多い大きな街にたどり着けたと思ったのもつかの間。急に現れた妖怪たちの相手をするのは日常茶飯事ではあるけれど、数の多さと街というロケーションの悪さにいささか手こずりやっとのことで一仕事を終えた後、悟空の姿が見えないことに気付いたのは八戒であった。人の多さにはぐれただけなら良いのだが、と、怪我の心配、身の上の心配をしながら皆で探しまわったが、大きな街であることがここでも災いして、一晩かかっても探し出すことができなかった。三人は暗い表情のまま宿をとり朝をむかえた、その所に、元気な顔をして悟空がひょっこり現れたのだから、悟浄が喧嘩腰になるのもまあ、無理はないことではある。
「そのさ、お世話になった親切なおばさんの名前も言えないってのはどういう訳なのさ小ザルちゃん?」
「仕方ないじゃん、聞き忘れたんだってば! 顔はちゃんと覚えてるって!」
 長旅の後の急激な大格闘で、ペース配分を考えないで暴れた悟空は腹を減らしすぎて不覚にも倒れ込んでしまったのだが、親切なおばさんの助けにより食事と宿にありつき、夜が明けるのを待ってからはぐれた仲間の元へなんとか帰り着いたと言うのだ。
「顔覚えてたってしょーがねーの! いちいち街中の人に人相伝えながら人探ししろってか?」
 巡り会えたのも奇跡かと思うような人でごったがえす大通りの真ん中で、昨夜のいきさつを聞いた八戒は、すぐにお礼に行きませんとね、と悟空に笑いかけた。しかしそこからがまたひと騒動で、呑気な悟空が呑気に家を後にしたばっかりに、親切なそのおばさんの家に、二度とたどり着けそうもないという状態になっている訳なのだった。

「あーもー、なんで伝わんねーのかなあ!」
 悟空はガタンと椅子に腰掛けると、悔しそうに頭をかかえた。
 感動(?)の再会のあと場をぶちこわす様に腹減ったと笑った悟空を引き連れてとにかくまず定食屋へ入ることになり、「まったく迷惑ばっかり増やしやがって」と普段からの不機嫌そうな顔をますます不機嫌そうにして言い放ったのを最後に、食事の間も三蔵は一言も喋らずに過ごしていた。
「頭ン中にはちゃんと全部見えてんのになあ…」
 食後の茶も終わりいよいよすることが無くなった三蔵は、そう言って頭をかかえる悟空の目の前に広がった地図を手に取ると、懐から眼鏡を取り出して地図の吟味をすることにした。なるほど、確かに今まで通ってきた中では一番の大きな街で、その割には道が細かく複雑に入り組んでおり、悟空でなくても迷うかもしれない、と小さく分析する。しかし、悟空の言うような屋台のある大通りや辻などは、地図で見る限りいくらでもある。悟空の頭の中には確かにその姿が像をむすんでいるのだろうが、それを詳しく伝えて貰えない限り、地図からその場所を探し出すのは不可能に思われた。
 これ以上見ていても状況は変わらないと三蔵は判断、
「せめて通りの名前が分かればいいんですけどね…」
と地図を覗き込む八戒にくれてやった。
「もう少し詳しく思い出してくださいよ、悟空。ほら、その緑の建物って、どんな形してました?」
 なんとかヒントを絞り出そうとする八戒には悪いが、これ以上なにも出てこないだろうと三蔵は分かっていた。いつだってそうなのだ、あのサルは。奴にとっては自分の目で見たもの、ただそれだけが絶対的に世界で、それだけが真実なのだ。言葉とか、名前とか、そんなものはどうでもいいらしい。悟空の頭のなかには、その目に映る全てのことが映像として鮮明に存在しているから、言葉なんかで補う必要がないのだろう。出会ったとたんに自分の存在を“三蔵”とあっという間にたった二文字に縮めてくれた奴には、言うだけ無駄というものだ。
「無駄だ。手分けして探した方が早い」
 三蔵がそう言うと、仕方ないですねえ、とでも言う表情で八戒は地図を折り畳み、これ返してきて下さいと悟浄に手渡して自分は会計に立った。
「なあ…三蔵」
 机に残された悟空は、まっすぐに三蔵を見つめて言う。
「ほんとにさ、ちゃんと見えてんだ、俺には。どうやって伝えたらいいんだろ?」
 悟空にはよくある、自分自身がもどかしい、というような表情。大きな瞳の中には、その揺らぐ心が克明に映る。
 ふとその瞳に、“永遠”を、三蔵は見たと思った。
 そう考えて、永遠なんて言葉を使う自分を三蔵は少しばかり苦笑する。永遠なんて言ったところで、その永遠の存在を証明するものは、儚い人間の言葉でしかないのだ。悠久の時の流れの中では、ほんの刹那と言っていい短い人生を繋いではじめて、永遠は姿を見せる。その、矛盾。それに、笑う。
「さんぞ…」
 相変わらず自分を見つめ続ける悟空の瞳。大きく、澄んだ瞳が、曇りなく自分を見つめている。
 三蔵は片手で眼鏡を外すと再び懐にしまい込み、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「知るか」
 訴えかける悟空の瞳にそれだけ答えて、三蔵は、キスをした。
「行くぞ、猿」
 そう言って歩き出す三蔵の後ろ姿を見ながら悟空はほんの少しだけきょとんとした目をしたが、
「うん!」
とすぐに大きく返事をして三蔵の後を追いかけた。

「ああいうことは人前ではどうかと思いますよ、三蔵」
 二組に分かれて探索をはじめたとたん、八戒が小声で話しかけてきた。
 でも珍しいですね貴方が、と八戒は言った。別に珍しかなんてねーよ。三蔵は心の中で反論する。あいつのあの目を見ていたら、それに自分を映してみたくなった、それだけだ。永遠とも呼べる長い長い時間を一人見つめつづけた悟空の金の目の中で、頭の中で、自分の姿がどう像を結ぶのか、それに急激に興味がわいただけだ。
 キスの時も悟空は目を閉じない。
 だからこうすれば、永遠の時の中の一瞬の、自分がその最も大きい一つになれる。
 永遠なんてものがあるのかどうか、そんなことは分からないし誰にも証明できない。けれど、悟空の瞳に映る自分は、確かに永遠の時の中に生きていると、そう信じられる気がしたのだ。



・ 書きビトコメント ・

 な、長いよ………;;
 またこれネタ拾いしております; 仕事場の某さんが、明日の待ち合わせの場所の名前が分からず、四苦八苦して伝えようとしているのを端で眺めていて思い付きましたスイマセン彼方さん。<場所をきちんと伝えてもらえず困っていた当事者
 世間では王道であるはずの39なんですけど、なぜかとっても苦戦。三蔵のやる気がああああ(まだ言ってる) タイトルを先に決めてまして、そこにシチュエーションをはめ込んだら、説明に必要以上に字数を取られました。悔しい。ちなみに永遠の持つ矛盾というかの話は、仏教関係のサイトで見たものの受け売りです。<そんなとこまで見にいってんのかコイツ。

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