お題/58 「BOYS IN THE ATTIC」
Written by.綾瀬 2004年03月08日(月)02:51


「抱いてください」
 そう言って断る赤い髪の男を僕は人生で一人も知らない。

「ねえ? 気づかなかったけど赤い髪って意外と希少種じゃない?」
「そうなんですか? 僕は他に知りませんけど」
「ふーん」
 質問に質問で返したことも咎めずに、会話はそこで終了した。こういう時、悟浄のように“察してくれる男”は助かる。そう、自分は会話を楽しみに来たのではないのだ。頭と体の中すべてを熱で埋め尽くすために、何も考えずにすむために。わざわざ自分はこの赤い髪の男を選んだ。
 言葉の途切れた唇を、身を起こして自分のものにする。応えるように悟浄の手に力がこもるのを感じとって、先をせかすように腕をまわした。
 早く、一刻も早く。

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 心地よい疲れと意識の酩酊の中で、ハイライトの匂いをかぎとった。
 ふう、と悟浄が小さく息を吐く。そうやって彼が息を吐く度に、少しずつ部屋が白く曇ってゆくのを八戒は眺めていた。この空虚な時間は結構悪くないといつも思う。頭の中も、視界も、白く濁るこの時間。このまましばらく煙と、それを吐き出す男の背中を見つめていれば、何も考えずにすぐに眠りに落ちるだろう。あと、すこしだ。

「あんま落ち込むなよ」
 急に悟浄が自分の頭に手を乗せ、そう言った。
「……落ち込んでなんかいません」
「あれ?そうだった。珍しく八戒さんが積極的だから俺はてーっきり」
 茶化した物言いではあるけれど、髪を撫でる手のひらが優しい。そういえば、つい先ほどまでの行為にも、どこかいつも程の荒さがなかったことに思い至る。ああそうですか、お見通しだと、言いたいんですね貴方は。
「落ち込み方が分からないんです」
 だから落ち込んでなんかいません、という反論にはならないだろうか。
「なにそれ」
「分からないんですよ、本当に」
 自分のした過ちを思い浮かべれば、どこまでだって簡単に落ちてゆくことはできる。けれど、下ばかり見ることが人生ではないと、教えてくれたのは悟空であり、三蔵であり、悟浄だ。辛いときこそ上を見る術を、この旅と仲間から教わったのだ。だから、いつまでも気持ちを落としたままの時間など無駄だと思う。思っている。しかし、それでも、自分の罪は無くなる訳ではなくて、犯した行為はいつまでも消えない訳で、過ちは省みなければ、罪は償わなければならない。だからこそ、どうしていいか、自分が分からない。
「わかんねーって、あるかよそんなこと。落ち込むときは落ち込むでしょ、ふつーに、考えなくたって」
 そんなに自分の答えが意外だったのか、悟浄は振り返って一気にそう言った。
「うわー俺ってなんて役に立たねーとか、あんな簡単なこともできねーのかよとか、体ばっかりデカくって良いとこ無しかよとか、考えればあっという間に落ち込めんじゃん、ってかおい、言っててどんどん落ち込んできたぞ俺は!」
 ついさっきまで自分をなでていた左手で今度は赤い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、悟浄は苦そうな顔をした。
「うっわ、なんか俺が落ち込んだぞ、どうしてくれんだよ、どんな新手の嫌がらせだよコレ」
 言いながらタバコを灰皿に押し付けて消すと、
「くっそ。お前も落とすぞ。一緒に落ちろ。どこまでも落ちろ」
 俯せに枕を抱いていた自分の肩を起こして悟浄が口付けを落とす。
 落ちる自分と、落ちられない自分を、これ以上考えたくなくて、この部屋に来たはずだった。半分は希望が叶えられ、何も考えずに寝られるかと思った所だったのに、この男の反応はいつもながら予測が付かない。けれど、けして眠れそうにない行為にふけりながら気付く。部屋にやってきた時に比べ、幾ばくか上を見ている自分の目線に。
「一緒に落ちるぞ、八戒」
と苦い表情のまま荒い息を漏らす悟浄を見上げて思う。
 なるほど、鬱の気は風邪のようなものか。



・ 書きビトコメント ・

 これ、「背景黒にしなくていいよね??」この程度は自分的にまだ白背景なんですが…
 分担あみだをした瞬間に「58なんていつでも書いてるし何でもかけるから最後にまわそう」と思ったのにも関わらず、結局最初に出来上がってしまいました。ちえ。
 自分の気持ちが落ちていた時に考えたネタだったのでこういう感じになりました。ちなみに一個ボツにした話もあったんですが、なぜそっちは止めたかというと「58だか85だか分かんないから」でした。すごい理由。

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