「花風」
Written by.部長 2004年04月03日(土)16:26
窓から校舎へ続く桜並木が見える。昼夜問わず賑やかな通りも人ひとりいない。 春休みにわざわざ登校するものもおらず、まだ朝の範中をでない時間花びらだけが舞っている。 通学に一分とかからない距離と同じく学生生活という近しい人間関係にもやっと慣れてきた。アルバイトに旅行、みな無理矢理な予定に苦笑いをして弾けるように散っていった。 俺は一人暮らしを承諾させ家を逃げ出した負い目と、充分な仕送りを理由に禁止されているバイトはやっていない。サークルなども入っていない。「学生の領分は勉学」という訳だ。 俄かに建物に当たった風が地面に落ちた花びらをも巻き上げる。 眼下に広がるのは色づいた薄靄。 柔らかな淡い色調の靄の中に、紅い染みが混じるのを見下ろしていた。 その紅は、だんだん鮮明になり視線を捕らえた。 「おい、紅!」 お前はそう呼ぶな。なんかムカツク。 「へへ、怒ってんな。ちょっとした嫌がらせだ。あいさつだって」 この野郎は、他愛もないことをさも楽しそうに3階の俺に向かって言った。 「王子様はそこで高見の見物もいいけどさぁ これ見える? 上物が手に入っちゃったのよこれが。」 朝から一升瓶に頬ずりするのは、アル中のやばい人だぞというか未成年じゃないのか。 「花見酒としゃれ込もうぜ。後から八戒達の仕出し班が合流予定よぉ。」 うちの生徒でもないのに構内に出没し三蔵にまとわりついている悟浄は、数回ここに来たことがある。三蔵からゼミ関係の使いでやってきて、 「おーおー、どっかの家と似た感じだこと。4月から住んでんだろ?何にもねえな。めしとか作ってねーだろ、お前。折角野郎の一人暮らしっつーのに、彼女に揃えてもらえよ。」 「相変らず殺風景でやがる。お堅いのもほどほどにしねーと、三蔵みたくなっちまうぞ。」 何のつもりだか同じ紅い髪の俺を弟とでも勘違いしているのか口煩く好きなことを言い放ち、それでも玄関先で帰っていった。 この部屋に足を踏み入れたのは、俺の様子を報告するために一度実家から遣わされた独角兒だけだ。 匂いのしない部屋、一年も経つのに俺の存在さえ残せない、どこへ行っても希薄な自分にまた身動きが出来なくなる。 「おい、何呆けてやがる。」 予想外の頭上から響く声に、身を翻す。咥え煙草の三蔵が見下ろしていた。 「スカしてるくせに抜けてんだよ。貴様は。」 「なっ!」 「煩えこと云う前に、鍵をかけろ。」 音もなく部屋に踏み込んだこの不遜なヤツはもう踵をかえし靴を履いている。 「これはなんだ?」 最低限必要なものしかない部屋の中で、そぐわないものが靴箱に乗っているのを三蔵は手に取った。 「前に悟浄が勝手に置いていった。」 それはちいさなサボテンの鉢だ。 以前三蔵に貸していたレポートの資料を悟浄が使いで持ってきた時に、俺の意向もきかず置いていった。 ―なんかお前に似てんだよな、こんな華奢なくせに棘で威嚇してよぉ。ま、水はほとんどいらないし 「世話は俺がやるからいいってな。」 なんで三蔵が知っているのだ?あまりのことに混乱して言葉を探し後ろ姿に目を泳がす。 玄関のドアを開けた瞬間、突風がなだれ込んで来た。 そして、三蔵の肩と床に淡い花弁が数枚残った。 「いつまで待たせる気だ。行くぞ。」 返事を待たない不遜な奴等に、一口乗ってやってもいいだろう。今は。 ・ 書きビトコメント ・ 「悟浄、惜しみのない愛の賛歌を捧げるの巻」です。皆を愛し愛される悟浄が好きなの〜(泣)紅ちゃんなんてフルネームで一度も呼んであげてないし。ひどいね。 |