[BIGGER BIZ 健三×結城] ビゲストビズ大予告編(※ウソっぱち) ─06.01.08up
ここは群馬県片品村。
「何しに来た」と殺し屋の目で舞茸を乾かす男が一人。よっ久しぶり、と現れた古馴染みに向かって、かつて結城まことと名乗っていた男は静かに語り出した。
「シンガポールのホテルで、パラシュート背負って鉤爪つけたお前の姿を見たときは正直驚いたさ。反射的に首をしめてしまったのは謝る。あのときの俺はとにかくどうかしてたんだ。あの時ドアを開けてもらえなかったら、今の俺は居なかったからな」
でしょ、とでも言いたげな表情で健三が言う。
「あの時さー、なーんか忘れものの予感がして戻ったんだよね。大正解。でもびっくりしたよー自分で逃げ出してくるなんて思わなかったから」
しかしそんな健三の言葉は無視して、作業の手も休めずに結城は言葉を続けていく。
「顔元にもどせ、っていうお前のアドバイスも感謝してるさ。確かに結城ビッグビジネスエンタープライズの社長として知られてるのは、髭に角刈りの男だからな。丁度いい場所があるからってこの家を紹介してくれたのも本当に助かった。今ではすっかり仕事も板についたよ。ここの舞茸は結構評判なんだ」
男は小さく背を丸めて一時も手を休めない。まるで隠居した老人みたいだ…と、一気に老けた旧友を健三は見つめていた。
しかし口調は「元気ないよ結城ちゃーん」まるで前と変わらない調子。
「その名前で呼ぶな。もう過去は捨てたんだ」
「なに、名前変えたの?…ってそんな事はどうでもいいんだけどさ」
「お前がどうでもいいとか言うな」
健三は結城の前に立つと、すっと右手を出して言った。
「迎えに来たよ。さ帰ろう、社長」
一瞬、結城の手が止まった。しかし、すぐに思い直したように頭をふり、深い深いため息を一つつく。
「今更何を言ってるんだお前は。勝手に人の名前で会社作って潰して、あげく人を犯罪者にした男の言うことか? おれは死ぬところだったんだぞ、おまえの軽口のせいで…いや、一度死んだと言ってもいい」
舞茸がまた一つザルに並べられる。
「拗ねるなって。ちゃんとこうやって迎えに来たじゃん、ね、結城社長」
「俺はもう社長じゃないだろ。加賀ビガーなんとかって会社で幸せにやってるんじゃないのか」
「それがさー。やっぱダメみたいなのよ」
「何がだ」
「やっぱりさ、俺には結城ちゃんじゃないとダメなんだなって、分かったんだ」
健三の言葉にまた手が止まる。
こういう奴なんだ、この男は。いつも口からでまかせの甘い言葉。それに騙される方が悪い。……そんなことは分かっている。分かっている、のに。
頭の中を一瞬よぎった感情を振り払うように、結城はさらに目線を下げ、低い声を出した。
「俺はもう…表に出られるような男じゃないだろう。前科者だ、脱獄犯だぞ?」
「……それさ、いつまで信じてるわけ?」
は? 何を……言っているんだコイツは??
「俺たちドリームチーム、侮ってない?」
その言葉に、思わず顔を上げてしまった。顔を上げると、いったいどれくらい振りだろうという幼馴染の顔が飛び込んでくる。幼馴染は満足そうに一笑してから、指を曲げて一つづつ名をあげていく。
「加賀ビガービズの構成メンバー教えようか? 木太郎ちゃん、ひげくるん、サラっち、そんで俺……」
「まさか」
健三がにやりと笑う。
「出来ないことなんてあると思う?」
「…だって! ありえないだろそんなこと! 本当に捕まったんだぞ俺は。死ぬ寸前だったんだぞ!」
力いっぱい結城は声をあげる。そんな、そんなはずがない!
「助ける算段あってやってたに決まってるでしょ。結城ちゃん見殺しになんてするわけないじゃん。俺はちゃんと自分で後始末できることしかしないよ?」
「でも」
頭をふる。力のかぎり、全てを否定する。
「信頼してるからできる技よー? 結城ちゃんの方こそ俺信用してくれてなくてちょっとブルー入ったんだからねあの後」
「でも! そんな訳…!」
「結城ちゃんが勝手に脱獄してくれたから時間かかっちゃったけどね。おかげでサラっちにまた借りできちゃったよー。ま、あの人も楽しそうにやってたからいいけどさ」
……もう、声を上げることもできなかった。ただただ、健三の言葉が飛び込んで来るばかり。
「というわけだから。結城ちゃんはいま無罪奉免だから」
健三は力強くそう言い切った。そして、呆然と言葉を失っている結城に向かってもう一度腕を伸ばす。
「さ、帰るよ、結城社長」
結城は動けなかった。言葉だって出るはずがなかった。自分はもう一生身を隠して舞茸を乾かすしか他ないと思っていたのだ。誰とも会わず、名も名乗らず、静かにうら寂しい群馬県で一生を終えるのだと…。
出された健三の右手は神の手に見えた。…そんな事を言ったら一生恩を着せられるだろうから言わないが、本当に光って見えた。
知らず知らずのうちに右手が伸びていた。その手を捕まれ、ぐいと引かれて立ち上がった。健三と目が合う。照れくさくて思わず目をそらしてしまう。
「俺は…もう社長じゃないだろ」
「いやそれがさ、ちょっと色々あってね。やっぱり結城ちゃんが社長には適任だと分かったわけよ。なんたってサラっちお墨付きだしね」
騙されるな、騙されるな。結城の頭の中にはずっと警報が鳴り続けている。こいつのこういう物言いは、十中八九根拠なしだ。そんなこと、今までの人生で、分かりたくもないぐらい分からされているのに。それなのに。
握った手が逞しく思えるなんて。
必死で頭を振って、絞り出すように結城は言う。
「しかし、加賀ビガービズ社なんだから俺が社長というわけには…」
「だったらさ。また会社作っちゃえ」
健三は得意げに言い放った。
「え?」
「結城、ビゲストビジネスエンタープライズ、だな。順番から言って」
「それは…」
頭をふるのも、握られた手を離すのも、すべてを忘れて、ただ健三の顔を見つめ返してしまう。ウソしか言わないヤツのくせに、こんな時ばかりヤツの言葉にはこんなに説得力がある。健三が言うからには、あのメンバーが揃っているからには、一ヶ月後には、いや数日もあれば多すぎるくらいだろう、新しい会社の一番広い部屋の豪華なイスに、自分は座っているのだろう。そう、結城には思えてしまった。
手を引かれ、二人は歩き出す。
「ビゲストビズ…ね、うん良い名前なんじゃない?」
歩きながら健三が言ったその一言は、決して忘れられないだろうと結城は思った。
「これ、一生モンよ。なんたって“最上級”だからね。これ以上はない」
まるでプロポーズみたいなその言葉が、結城の頭の中に何度も何度もこだましていた。
……だから当然、その後に続いた小さな独り言は、残念ながら結城の耳には届かなかった訳だが。
「加賀ちゃん苛めててもさ、イマイチしっくりこないのよ。なんか彼まじめすぎるっていうかね」
|