[BIG BIZ 橋本×結城…?] おいどんはヤクザである。 ─03.5.23up
その時俺は風邪をひいて熱があったのだ。
枕元の電話がなったのに反応し思わず取ってしまったまではいいのだが、頭がボンヤリしていて自分の名前さえ出てこない。はい、もしもし、えーとえーと。そんなシドロモドロの向こうから声が聞こえる。
「あもしもしオレ、結城……」
ま、まこっさんじゃないですかー! 電話して来るなんて珍しい。嬉しくてしゃべり倒したい……のだが残念ながら出てくるのはガラガラのハスキーボイスばっかり。
「あれ?お前はしもと……だよな。なんか声違うからさ」
風邪なんすよ、ひどいんですよ、仕事も休んで三日寝込んでるんですよ……とそんなことよりまこさん、こないだあの後大丈夫でしたかっ、オレ先帰っちゃったから心配で心配で。あの大量のジンバブエ人とあの……
「もう辞めろよジンバブエ人の話はさ」
怒られてしまった。まああの辛い記憶を封印したい気持ちはよおおく分かります。まったく、いつもいつも健三ってやつはまこさんに迷惑ばっかり……え?誰が?
「誰がって健三。本当だって今来てるんだよ」
え、今横に居るんですか?……あ、今はトイレに、なるほど。
「はしもとー、お前風邪で声変わってて好都合だわ。あのさ、今からここ電話してくんない?」
ここって? まこさん今会社ですか?
「うんそう。宮原木材」
こないだ名刺貰ったとこですよね。えっとたしか手帳に……
「でさ、おれ席外すから、で、あいつ一人にするから。そしたらあいつ絶対その電話取るじゃん?」
はい、健三だったらおそらくまちがいなく。
「んでおまえさ、なんかヤクザ口調かなんかで、借金かえせーとか言って脅してよ。今からソコ行くゾーとか言ってさ」
え?そんな事したらあいつのことだから、あっという間に逃げ出しちゃいますよ?
「だからー、追い出したいんだよ健三を」
追い出したい……? え?あ!追い出したいんすねあいつをっ! それは素晴らしいアイデアっす。健三がまこさんの側に居る限り世界に平和はやって来ません、一刻も早く追い出しましょう!
ヤクザっすね、えーとえーとこんな感じ……?
「……おいどんは言わないだろ。おかしいよおいどん。関西弁じゃないもん、おいどん」
あれ違いましたっけ……すいませんすいません。熱で頭回ってないんです。本当です、うっかりしただけです……
と頭をフル回転してヤクザヤクザ、関西弁のヤクザ……と思い巡らせている間に、
「来た。すぐな、すぐ。よろしくー!」
健三がトイレから戻って来たと言うことだろう、電話は慌ただしく切れてしまった。
+ + +
さあて。まこさんからのたっての願い事だ、これは死んでも成功させなければ!と気合いを入れて、相変わらずヤクザヤクザと口ずさみながら、まずはこの前の同窓会で貰ったまこさんの新しい勤め先の名刺を探すことにした。
結城まことと言う人はあれで結構苦労人で、大学を卒業してから今までの間に、自分が覚えているだけでも10以上の会社を転々としている。会う度に違う名前の名刺を渡されるのを不思議に思って尋ねると、彼は殺し屋のような目付きになって言うのだ、「何もかも健三のせいだ……」
健三、そう、こいつも俺らとは同級で古い馴染みだ。言うこともやる事も派手で、且つ成績も悪くなかったからか先生受けはすごく良かったし、何故かみんなからの人望も厚い男だった。がしかし、小学生の時の夏休みの工作で、俺が貸した大工道具でまこさんが作った愛の折り畳みテーブルを健三に叩き壊されて以来、自分の中では要注意ランプ点灯しっぱなし人物なのだ。あいつはいつもまこさんに迷惑ばっかり。おかげで最近では、健三の事を語る殺し屋の目がすっかり定着しちゃったじゃないか。普段はあんなに可愛い笑顔を見せてくれる人だというのに。ひどい奴だ。
と、その健三が今来ている、追い出したいとまこさんは言う。これは絶好のチャンス!! やらねばやらねば!これが男だ、見てろよ健三!! ………っと、あれ……?
気がつくと自分は、気持ちとはうらはら、名刺を片手に掲げた状態で布団に突っ伏していた。ああ、そう言えば俺、風邪ひいてたんだっけ……と回る世界の中でボンヤリ思い出す。しかしそんなことより電話だ電話。まこさんはすぐに頼むと言っていた。ならば即効、電撃の早さでかけてみせましょうっ!
名刺をみながら番号を打つ。途中何度か押し間違えては掛け直した、あいかわらず目が回る。あーくそ、なんで俺はこんな大事な時に風邪なんか!と思いながら、何回目かでやっと成功、コール音3つで声が聞こえた。
「はい。宮原木材でございます」
おお、おいどんはヤクザじゃけぇ、借金返せこらー……ん?
「これ、何回目?」
何回目って、あれ?まこさんの声? あれあれ? 健三追い返す計画なんじゃなかったですっけ?……初めてっす。
「……はじめて。やっぱさ」
まこさんの静かな声。ん?何ですか?
「おかしいよ。言わないよおいどんは」
えっ?!言わないすかね、おいどん。ほ、ほら、よくヤクザ映画とかで言ってるじゃないですか、着流しで、割腹がよくて、犬連れた人が……
と力説をしている所に(もっとも半分以上はガラガラ声で伝わらなかったかもしれない)、電話の向こうで北島さぶちゃんのモノマネがうっすら聞こえた。ん?あれは? そして続いて聞こえてきたのはまこさんの叫び声。
「おいっ!健三お前!何だこのメモ、おいっ」
とそこで電話はガッチャンとすごい音を立てて切れてしまった。
ツーツーツー。
んーと? な、何が起こったんだ? なんで健三は出なくって、メモって一体何の事で、えーとえーと。相変わらず熱で回らない頭を必死で動かす……けれど分からない物はさっぱり分からない。しかもおかげで熱も上がってしまったような気さえする。
「いったい、何がどうなったんですか、まーこーさああん!!」
……と、何も言わない受話器に向かって精一杯の声を出したらば、その瞬間、壁と、天井とが、一気にグラリっと歪んだかと思うと、目の前が一瞬のうちにブラックアウトした。
+ + +
気がついたらまた、名刺と受話器を握りしめたまま、布団に突っ伏していた。いかんいかん、少しの間意識を失ってしまっていたらしい。風邪とはいえコントロールの利かなすぎる自分の体を恨みつつ、手はもう一度まこさんの会社の番号を押していた。
そうだ、電話を頼まれていたところだったっけ、と自分の状況を思い出す。確かまこさんはすぐにかけてくれと言っていた、気を失ってる場合なんかじゃないじゃないか。電話でんわ、ヤクザやくざ、おいどんオイドン……無意識で子供のお使いのように繰り返すうちに、電話はつながった。
「ただいま外出中です。ピーという発信音の後で、メッセージをどうぞ」
にやり。これはきっと健三の仕業に違いない。留守電の真似なんかしても騙されはしないぞ。ここはひとつ怖〜い口調でおっ払わねば。
――おら。何でおらんか。おいどんは関西では名の知れた、おいどんヤクザじゃ。
いい調子。
――今から行くぞ。
受話器の向こうは沈黙。ふっふっふ。返す言葉もないか。
――タクシー使って行くぞ。
……? おかしいな。反応なさすぎやしないか?
――は、払わせるぞ。タクシー代まで。
も、もしかしてこれって。
――おらんですか。……ゆ、結城?
ほ、本当にいないんすか?何でいないんしか?俺すぐかけましたよ、約束守りましたよ、ま、まこっさあんー!!
と叫んで再び、目の前ブラックアウト。
+ + +
後から詳しく話を聞いた所によると。速攻かけたはずの一本目の電話までで既にたっぷり10分はたっており、二本目にいたってはなんと、丸々一日たっていたのだそうだ!
しかもそのたった一日の間に、健三は会社を起こし、結城まことがその会社の社長におさまり、二人仲よく会社を切り盛りするというキョウテンドウチの展開になってしまったのだとか。なんてことだ。信じられない。
……と言う話を聞いたのが、あの後風邪をこじらせていつの間にか入院させられていた病院のベッドの上でだったというのが、もっと信じられない。
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