「君がいるなら一刻も」
Written by.綾瀬 2005年12月25日(日)09:27


 その過程ってのは一つ一つが勝負なわけで。
 俺への嫌がらせとしか思えない、16個も並べやがったシャツのボタンをやっと外し(悔しくて数えた)、あらわになった首筋にキスしたところで扉が叩かれた。なんて嫌がらせだ。誘われたら断りはしない紳士な俺様と違って、今日は気分じゃないだの逆に何も言わずに乗りかかって来たりだのの気まぐれな八戒に対して、じわじわと繰り広げてきた小さな駆け引きの積み重ねをまるで無にしてくれたその音の主は悟空で、ヤツは扉を壊すんじゃないかという勢いで合計37回も戸を叩きやがってくださった(悔しいからこれも数えた)。
 あんなに苦戦したボタンをあっという間にきっちり首元まで器用にとめて、何食わぬ顔で八戒は悟空を迎え入れた。なのに。


 「……なんだよお前今の。カワイソーだろ悟空が」
 「何がですか?」
 「何っておまえ」
 どんなケンカしたんだか知らないが、ああやって八戒を頼ってくる悟空ってのはいつも、俺だって抱きしめてやりたいとか思ってしまうほど肩を縮こませている。今日のこの寒さも手伝って本当に肩を震わせていた悟空を見て、いつもいつも迷惑ばっかかけやがってバカ三蔵め、と心で悪態もついた。温かいミルクをいれ、話を聞き、普段だったらこのままご宿泊のパターンだ。そうやって俺がちょうど今夜の相ベッドを覚悟しだしたところだったのに、一体何がきっかけだったんだ。急に方向転換をした八戒に俺も付いていくことが出来ず、何の助け舟を出すことも出来ぬまま、ただ呆然と出て行く悟空を見送る羽目になってしまった。
 「泊めてやりゃあいいじゃねぇかよ」
 バカ三蔵のヤツはいつも言葉が足りないから、真っ直ぐな悟空の瞳ははそれだけで傷つく。それに追い討ちをかけてどうする。きっと悟空は今頃、行く宛てもなく歩いている。おまえの役割は、やさしい保父さんなんだろ? やさしく慰めてやるのが親切ってやつじゃないのか??
 「何言ってるんですか」
 は?
 「あんな全身で“帰りたい”って言ってる人、帰さない方が不親切です」
 八戒はそう言って極上の笑顔。なにそれ。用意してあったわけか、その見事なお答えは。
 ヤラレタ、と思った時にはすでに、その勝負は取り返しが付かなくなっている。
 完全に握られた、今夜の主導権を。
 外は雪が降り始めていて、暖かい部屋の中とは言えいい加減冷えてきた俺の肩に八戒は、キスをして背中に手を回して、そうやって自分の体温を分け与えることに次第に夢中になっていく。ボタンとめるの早いやつは外すのも早いのな。あたたかな肌と、あたたかい息づかいとを感じながら、何事もなかったように数十分前の体勢に戻っていく俺たちは、もう駆け引きって段階じゃなくなってる。
 でも一つだけ、これは負け惜しみじゃないけどさ。
 “クリスマスの夜だし。一刻も早く続きがシたかったってワケね?”という形勢逆転のチャンスは、行使しないでおいてやるわ。俺は紳士だから。



・ 書きビトコメント ・

 「君がいないなら同じ」の伏線返しをした後彼方さんから
  > 頑張って仲直り編を書くので、いちゃいちゃ続き編をリクエストしていいですか?
  > まったりピロトークでいいから、書いて〜書いて〜。

 と言われたので、悟空視点だったために入れられなかった八戒のセリフを軸に裏側書いてみました。ごめん全然いちゃいちゃしてない! 難しいなあ、いちゃいちゃは。
 それにしても、私の中の八戒ってば想像以上にひどい男でした。驚いた。(反対に悟浄たら甘々だし…)

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