「君がいないなら同じ」3
Written by.綾瀬 2005年11月18日(金)04:39


 「あんまり叩かないでくださいね、ドアが壊れますから」
 そういって顔を出した八戒の表情が、ほんの少しゆがんでた。と思ったんだけど気のせいだったのかも。ドアが開くまで随分時間がかかったのも気になったけど、でも言葉もいつもと同じに優しいし、「風邪引きますよ、入ってください」て引き入れる腕も優しかった。
 部屋に入ったら「うるせーぞサル」といつもの口調で現れた悟浄が上半身何も着てなかったのもちょっと寒そうとは思ったけど別に珍しいことじゃないし、「冷めないうちにどうぞ」とあったかいミルクを差し出してくれた八戒は反対に首元までキッチリ留めたシャツのボタンがこれまたいつものとおり。あったまったミルクはほんのり甘くて、自分の体がどれだけ冷えていたのか、やっと分かった。
 八戒がいつものとおりに優しかったから、だから俺は驚いたんだ。
 「すぐに帰ってください、悟空」
 え……?
 「っおい、八戒…」
 ほら悟浄だってびっくりしてんじゃん。もうけっこ遅い時間だぜ? 外暗くなりかけてたし、「泊まってくるかも」って言ってきちゃったし。いつもの八戒だったら絶対に、「それは三蔵の言い方にも問題ありますね」とか何とか言いながら一晩くらい泊めてくれる。なのに、どうして?
 まだ驚いてるらしい悟浄がなんでおまえはとか凍え死にさせる気かよとか八戒に言ってくれてるけど、それを聞いても八戒はさらに言った。
 「いいから今日は帰ってください」
 かーっと、頭に血が回ったのが分かった。
 「……んだよ、俺いちゃ邪魔なのかよっ」
 「邪魔です。分かってるんじゃないですか」
 「八戒!」
 頭が熱かった。ここにも俺の居場所はないんだって思い知らされて、悔しくて悔しくて、言葉が出なかった。
 「…わかったよ」
 ミルクのカップを出来るだけ遠くに押し返す。
 「帰ればいいんだろっ帰れば!」
 どんとテーブルに手をついて立ち上がる。
 「ええそうです。聞き分けよくて助かりますね」
 「…八戒の、イジワルっ」
 捨て台詞にしてドアへ向かう。寒さで死んだら恨むからな八戒っ。
 「あ。帰る前に一つだけ質問です。悟空、今日は何の日か知ってます?」
 「…何のことだよ。知らなくて悪かったなっ!」
 「ですよね。それでいいです。あとは…帰ったら三蔵に聞いてみてください」
 「あーそーかよっ八戒のケチっイケズっ」
 壊れちゃえ、と念を込めながら、思いっきりドアを叩き閉めた。


 帰れって言われた帰れって言われた帰れって言われたっ!!
 飛び出てきちゃったから当然コートとかも着てなくて、運悪く降り始めた雪がどんどん体から熱を奪って、もつれそうになりながら三蔵の家目指して歩いていた。歩く途中、ずっとずっと、八戒の言葉が頭をぐるぐるしてた。帰れって言われた。邪魔って言われた。俺はあの家には要らないって言われた。
 雪が。どんどん降ってくる。


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