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Joyeux Noel [2004/12/25/23:15]
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12月に入って、テレビはさかんにクリスマスだのなんのと派手な曲を流し始めた。家族と一緒にスペシャルなディナーを。愛する彼女に、当店のオリジナルジュエリーを。魔夢死郎はいつものように自室のテレビの前に陣取って、それらのコマーシャルを一つ一つ興味深そうに眺めていた。
「なるほど…」
特にお気に入りが、このCM。
「大切な人と過ごすクリスマス。手作りの、クリスマスケーキはいかが」
特に“手作り”という単語に反応が良いことにマコ隊長はもちろん気づいていた。このCMになると、魔夢死郎様は一段体が前にのめる。そのうち面倒なことを言い出しそうだな…と悪い予感を抱く間もなく
「マコりん。ケーキって、作れるか?」
予想通りの言葉が飛び出した。
「ケーキ、でございますか?」
「そう。クリスマスケーキだ。しかもブッシュドノエルという奴がいい」
「ブッシュドノエル…と言いますと、たしか木の切り株の形をした」
「その通り!」
目を輝かす。
「シェフにリクエストをすれば、明日の夕食にはご用意できると思いますが…」
「いや。それでは駄目だ」
「は?」
「マコりんの、手作りでなくては駄目だ」
「はあ?」

というような、日常茶飯事な無茶を経て、マコ隊長は一人台所でオーブンと格闘するハメになっている。
「レシピを見て作るぐらいでしたら、出来ないことはないとは思いますが…」
と言ったとおり、本を目の前に置いてはいるものの、心配になるほどの危うい手つきではない。魔夢死郎の無茶に付き合っていると、こんなことまで器用になってしまうらしい。卵を割り、粉をまぜ、オーブンの前で待つこと30分、スポンジの焼きあがる甘い香りが台所に満ちるのを、少し離れた場所で魔夢死郎も満足げに見守っていた。チョコレートを混ぜたクリームを挟み込んでロールし、端を斜めに切り落とすと、その部分が綺麗な年輪となる。外側にもたっぷりチョコレートクリームを。最後の仕上げの必殺フォークを取り出すと、波打つように動かし、いくつもの木の筋を描き出した。
「うむ。簡単簡単」
フォークを構えたままの格好で、マコ隊長は満足げに、今まさに完成したブッシュドノエルを左手に掲げた。これくらいのことが出来ないで魔夢死郎様に仕えることは出来ないからな、と、自分の才能をあらためて見直して、我ながら惚れ惚れとケーキを見守っていると、いつの間にか魔夢死郎がその背後に近づいていた。
「完成したのかい?マコりん」
「はい。ご覧下さい社長。この完璧なブッシュドノエルを!」
社長の仰せとあれば、これくらいのこと朝飯前でございます。と、マコ乙松は自作のケーキから惚れ惚れとした視線をはずせないでいる。そんなマコを、魔夢死郎がまたニコニコと見つめている。
「確かに申し分ない出来だな。素晴らしいぞマコりん」
「は。ありがたきお言葉」
やっと視線を外して振り返る。
「食後のデザートには遅い時間ですが、せっかくの出来立てですから、切り分けましょうか」
「いや」
「では明日にしますか?」
「そうじゃなくて」
魔夢死郎はいつの間にかマコのすぐ後ろに立つ。
「私は、こっちをいただこう」
そう言って背後から顔を寄せ、マコの頬に付いていたクリームをなめとった。本人は器用に作っているつもりだったのだろうが、子供みたいにクリームで汚しちゃって。こういうところがマコりんの可愛いところなんだよね、と魔夢死郎は思う。
「しゃ、社長?!?」
頓狂な声を出すマコ隊長に向かって、魔夢死郎は冷静に言葉を返す。
「私はこっちをいただこうと言ったのだが」
「いっ、いえそうではなくてっ。このケーキは一体どうしたらっ??」
「んー」
後ろから抱きすくめたまま、少しだけ言葉を濁したあと
「残念ながら私は、甘いものが苦手なんでね」
そう言いきって、今度は舌で耳をなぞる。
「そ、そんな、では私は一体、何のためにわざわざケーキを焼いたというんですかっ」
耳まで赤くしてじたばたと、でもせっかくのケーキを崩さないように大人しめに抵抗するマコりんを“だから、こういうところが可愛いんだよね”と心でつぶやきながら、
「それは勿論、マコりんが私のために手作りしてくれた、ってことが重要なんでね」
魔夢死郎は余裕の表情で大騒ぎするマコの体を抱きとめる。崩れないようにそっと左手のケーキ皿をテーブルに乗せると
「では、いただきます」
聖なる夜、魔夢死郎は神に向かって礼儀正しく挨拶をした。