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ハラスメント [06/18(Wed) 23:13]
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 「右大臣の尻はつまらん」
 とても寝起きとは思われない豪快なテンションで佐渡馬黒縄は廊下を闊歩していた。
 「毎朝そうやって人の尻をなで上げるのは止めていただけませんか佐渡馬どの」
 こちらは、寝起きだろうが寝付き前だろうが、常に自分というものを崩さない紀布留部。心から迷惑そうな表情で答えを返す。しかしながらそんなことを気にしてくれる黒縄ではない、自慢の髪を必死でかき分けつつ、マイペースで主張を続けた。
 「この屋敷の人間はろくな尻がおらんのう。田村麻呂はなかなか良い形はしているが少し大味だし、右大臣のは小ぶりすぎる」
 「ですから止めてください。セクハラです」
 どうせ聞きはしないだろうと思いながら、念のためもう一度布留部は言う。しかしやっぱり聞きはしない。
 「何より最悪なのはあいつだ、あの、何と言ったかな、田村麻呂の後ろにいつもくっついて歩いている眼鏡の…」
 「ああ、飛連通ですか?」
 「そうその眼鏡君。あいつの尻は最悪だな。ガリガリすぎる。奴はあれだ、普段日にあたってないんじゃないか?」
 「一応坂上家の守り刀ですから、そんなはずはないと思いますけど?」
 たしか以前に田村麻呂が、優秀な二本刀の一人だと自慢気に紹介していたことを思い出す。
 「いーや、あれは間違いなくもやしっ子だもやしっ子。きっと奴は体育の時間を一人休んで教室で本を読んでいたに違いないのだ!」
 黒縄は断言。
 「何度も触って確認しているんだからこれは確かだ」
 「…お嫌いなら触らなければいいじゃないですか」
 「そんな訳にいくか! 朝の挨拶を怠るなんて失礼なことは俺にはできん!」
 「挨拶なんですか…」
 物凄い剣幕で語る黒縄に対して、すっかり呆れ声の右大臣。この男に何を言っても無駄な事は分かっていても言わずにはいられないのだろう。しかし黒縄はますます良い調子。
 「俺の理想のヒップラインは熊子だからな」
 「…誰ですかそれ」
 「いい女だぜ。今度紹介してやるよ」
 「結構です。だいたい私はそのようなものに興味ありません」
 「おっと、だからって俺にホレても無駄だぜ?」
 はいはいもう勝手に言っていてください…という態度の布留部、しかしふと一瞬視線を泳がせると、
 「………そうですか。眼鏡君、ねえ」
 と小さく呟いた。この男は至極単純なつくりをしているが、それだけに上手く使えば大化けするかもしれない、と布留部は思う。
 「ん?何か言ったか?」
 「いいえ何も」
 そういって右大臣は、黙っていれば女性と見まごうばかりの整った顔に、うっとりするような上等の笑顔を浮かべた。


 右大臣がこの笑顔を見せたという事は、間違いなく数日のうちに、何か厄介なことが坂上家に起こる。